詐害行為取消権という言葉を聞いた方は少ないかもしれません。民法のなかでも、売買とか所有権などという言葉は親しみがありますが、詐害行為取消権、馴染みがないですね。
弁護士をしていても、実際の詐害行為取消訴訟を提起することはあまりないかもしれません。あまり重要でない権利なのかというと、決してそうではありません。普段使いはあまりしないかもしれませんが、債権の効力を確保し、取引社会の秩序を維持するためには無くてはならない重要な権利なのです。
たとえば、あなたが知人から頼まれて、その知人に100万円を貸したとします。その知人は100万円以上はする高級なスポーツカーを所有しており、どうしても借金を返せないときは、このスポーツカーを処分して返済のための資金を作ると話していたので、それを当てにして、あなたはお金を貸したとします。ところがお金を貸した後に、その知人はそのスポーツカーを別な第三者(受益者といいます。)に無償で贈与してしまいました。そして、100万円については返済期限が到来しましたが、お金がないので返せないと言っています。
このような場合、そもそもお金を借りた知人がスポーツカーを第三者に贈与したのがいけないのであって、債権者であるあなたとしては債務者である知人がした贈与契約を取り消して、スポーツカーを返してもらって換金し、借金を返してもらう、このようなことができたら良いですね。これを実現する権利が詐害行為取消権なのです。
2020年4月1日から施行された新しい民法の424条1項は、以下のように詐害行為取消権を規定しています。
民法424条1項
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。
私(高須)は学生時代に、わが国における詐害行為取消権研究の泰斗である下森定教授のゼミに所属し、この権利の手解きを受けました。その後、弁護士となり、しばらくは詐害行為取消権を本格的に検討することもありませんでしたが、2009年、私が法務省法制審議会民法(債権関係)部会の幹事に任命され、平成の一大事業となった債権法改正作業に関わることになりました。この審議会において、詐害行為取消権の改正も検討され、私も改めてこの権利のあり方について抜本的に考えることができました。この検討を通して、深く研究する機会にも恵まれ、その後、詐害行為取消権に関する多くの論文や教科書、逐条解説などの書籍を執筆、刊行しました。研究すればするほど、詐害行為取消権の難解さ、そして、これを研究することの重要性を認識するに至り、より深く、より本格的に研究したいとの思いが強くなりました。
そこで、2017年4月、京都大学大学院法学研究科法政理論専攻に社会人入学し、これまでの集大成となる博士論文を執筆しました。これが、「詐害行為の行使方法とその効果」と題する論文であり、これによって、博士学位記を授与されました。このホームページに京紫のストールの写真が掲載されていますが、このストールは京都大学博士のみが身に着けることができるものです。
このホームページでは、私の長年の研究活動を通じて理解した詐害行為取消権制度について、研究論文等とはまた別の切り口で、簡単かつ分かりやすい解説をして行きたいと思っています。
どうかご期待ください。