詐害行為とは何か(一般的な詐害行為類型)

詐害行為取消権は、債務者がした債権者を害する行為を取り消す権利です。そこで、この権利が認められるためには、まずは債務者の行為が詐害行為と判断されることが必要です。取消しを可能とするために必要となる要件は、他にもありますが、まずは詐害行為がなければ話にならないのです。

それでは、詐害行為とは、具体的にはどのような行為を意味するのでしょうか。改正民法が制定、施行されるまでは、実は、この詐害行為の理解が、大変、複雑で法科大学院の学生でも、これを的確に説明することが困難でした。その原因は、改正前の民法では、詐害行為取消権の要件を定める規定は1箇条(改正前民法424条)しかなく、この規定の解釈で全ての詐害行為を扱う必要がありました。判例法理によって詐害行為と認められたものには、特殊な行為類型があり、これらを含めて詐害行為の意義を説明するとすれば、極めて抽象的で曖昧なものとならざるを得ませんでした。これが、詐害行為の意義を明らかにすることを困難にしていた理由です。

詐害行為の意義を理解するためには、詐害行為取消権の制度趣旨に遡る必要があります。詐害行為取消権はなぜ認められるのかという問題です。スタンダードな見解は、債権者が金銭債権を有する場合、その満足を実現するためには、債務者に強制執行の対象となる財産が十分に確保されている必要があり、その債務者の財産(責任財産あるいは一般財産と呼ばれます)を債務者が減少するような行為を行った場合には、債権者は一定の要件を備えることを条件に債務者の当該行為を取り消し、責任財産の回復を求めることができるのだ、これが詐害行為取消権だと説明します。一言で説明するなら、詐害行為取消権は債務者の責任財産を保全するために存在する権利と考えるのです。

そうであれば、そのような権利の行使が許されることとなる、債務者の詐害行為とは何かと問われれば、それは債務者の責任財産を減少させるような行為だと考えるのが素直ということになります。「詐害行為=債務者の責任財産の減少行為」という理解です。ところが、明治29年に成立した明治民法の下、債務者自らが有する不動産を時価相当額で売却する行為も原則として詐害行為となる(大審院明44・10・3判決民録17輯538頁)とか、債務者が支払期限の到来した債務を支払うことも、それがその債権者と通謀して他の債権者を害する意図(通謀的害意)で行われた場合は例外的に詐害行為となる(最高裁第二小法廷昭33・9・26判決民集12巻13号3022頁)という判例法理が形成されてきました。これらの行為は債務者の財産を減少させているのではなく、債権者による強制執行を困難にさせたり、あるいは債権者同士の間の不公平をもたらしたりしているに過ぎないのです。それでも、判例は、これを詐害行為としたため、「詐害行為とは、債務者がその責任財産を減少させる行為を本来とするが、必ずしもそのような財産減少行為には限らない。そこは判例法理を勉強して、ひとつずつ覚えてね。」という曖昧な説明をすることが多かったのです。

このような曖昧な民法では分かりにくいとして、改正民法は、判例法理によって認められた詐害行為のケースを、特殊な詐害行為類型として、財産減少行為を内容とする本来的な詐害行為類型の規定と区別して定めることにしました。民法424条の2ないし4が特殊的詐害行為類型を定めた規定であり、前述の時価相当額での不動産売却行為とか金銭債務の本旨弁済行為などはこの特殊的詐害行為類型となります。そこで、424条そのものは、このような特殊な詐害行為類型が除外されますので、本来の意味であった財産減少行為を意味すると説明することが可能となったのです。そこで、新たな民法の下では、424条の詐害行為とは何かと問われたら、それは、「債務者がその責任財産を減少する行為」であると答えることが可能となったのです。そして、民法上、詐害行為取消権の行使が認められる場合は、他にもあるが、それは424条の2ないし4として規定されており、それに従うことになるという説明を付け加えればよいことになったのです。

以上が、2017年改正法の下でのスタンダードな理解であり、シンプルに考えればよくなりました。ただ、私は、このような理解から出発して、さらに発展的な理解をしたいと思っています。詐害行為取消権の制度趣旨を単に債務者の責任財産の保全と捉えるのではなく、もう少し複合的なものと理解すべきと考えるからです。慶應義塾大学の片山直也教授もこのような発想を大切にされています。片山教授と私は具体的な意見は異にしていますが、詐害行為取消権を単に責任財産の保全の制度としてのみ捉えるという見解に対して疑問を感じています。この点では共通の理解をしています。

片山教授や私の理解は、改めて別の機会に説明させていただきます。