改正法施行前の民法は何と呼んだらよいか。

2017年6月2日に公布され、2020年4月1日から施行された改正民法(正式には、「民法の一部を改正する法律・平成29年法律第44号」と表示されます)を何と呼びましょうか。改正民法、新民法、あるいは単に2017年民法、2020年民法、いろいろな呼び方がありますね。私の博士論文では改正法と表記しましたが、いずれでもよいですね。

それでは、この改正法が施行されるまで適用されていた従前の民法のことを何と呼んだらよいでしょうか。改正民法との対比で改正前民法、良いと思います。ただ、少し長いですね。だったら、旧民法もありですかね。新旧民法ということなら、用語としては、整合性は取れています。

ただ、ここで考えなければならないのは、わが国においては、これまで、「旧民法」と呼ばれる民法が存在しているという事実です。明治政府が招聘した法学者ボアソナード(いわゆる、お雇い外国人のひとりです)が、1879年(明治12年)3月に政府より編纂を依頼され、約10年の歳月をかけて起草した民法があり、これを「ボアソナード旧民法」あるいは、単に「旧民法」と呼んできました。旧民法は、1890年(明治23年)4月と10月に分けて公布され、1893年(明治26年)1月施行の予定でしたが、「法典論争」が起きて、結局、施行が延期(実質的には取止め)となりました。その後、財産法と呼ばれる分野については、1896年(明治29年)に成立した新しい民法が、小規模な改正を繰り返しながらも基本的には、2020年までは適用されてきたということになります(家族法分野は第二次世界大戦後に抜本改正されています)。

ですから、わが国では、「旧民法」といえば、このボアソナード先生起草にかかる民法のことを指していたわけです。この歴史上の事実をどこまで大切にするかという問題です。現在、適用されている民法の直前の民法が旧民法なのであって、2020年4月1日から民法債権法が抜本的に改正された以上、それまで適用されていた民法のことを旧民法と呼び、ボアソナード旧民法については、別な呼称を用いるべきだというのも、一つの考え方だと思います。

一方で、「旧民法」という言葉に込められた、わが国の近代法制史の遺産を大切にするという観点からは、むやみに「旧民法」の位置づけを変えないほうがよいと理解することになるでしょう。今のところ、定まった扱いはなく、法律出版社の書籍編集方針もまちまちのようです。私自身もこれまでの書籍の記述には一貫しないところもありますが、現在は、ボアソナード起草にかかる1890年公布の民法を「旧民法」、民法の三博士起草にかかる1896年成立の民法を「改正前民法」、そして、2020年4月1日施行となった現在の民法を、「改正民法」、あるいは民法であることが明らかなときは単に「改正法」と呼ぶようにしています。

 

新しきときの流れにうつろいて、歴史を紡ぐ春の言霊