民法の第1編・総則には私法の一般法(市民社会の一般的ルール)を規律する民法のなかでも、最大公約数的な規定が設けられています。権利・義務の主体としての「人」、客体としての「物」、期間や時効など時の経過に関する様々なルール、そして、人と人との取引に関わる基本的な約束事としての法律行為と代理です。
法律行為は、簡単にいえば人が法律上、意味のある行為をすることです。もう少し具体化するなら、人が法律効果の発生を欲して行う行為であり、意思表示を中核とするなどと説明されます。具体的には、人と人の間でなされる契約行為が法律行為の典型例となります。
総則においては、まず民法90条において、「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」と規定され、いかなる法律行為といえども公序良俗に反するようなものであってはならないことが明確にされています。改正前民法90条と同内容の規定であり、今回の債権法改正では、大きな改正はなされなかったように思われがちです。
しかし、法制審議会民法(債権関係)部会では、この条文の内容をめぐって激しい議論がなされました。上記の規律に加え、暴利行為の規制に関する明文規定を設けるか否かという点です。暴利行為に関しては、大判昭和9年5月1日民集13巻875頁という古い大審院時代の判例が有名で、脅迫、軽率等を利用して(主観的要素などと呼ばれます)、著しく過当な利益の獲得を目的(客観的要素とされます)とする法律行為は、公序良俗に反するとして無効と判断していました。ただ、今回の法制審議会の審議では、必ずしもこれらの要件に限定されない、より現代的な暴利行為論の内容が検討され、その明文化が議論されました。
2013(平成25)年2月26日の第71回会議で決定された、「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」では、以下のような条項を明文化することが検討されていました。
「相手方の困窮、経験の不足、知識の不足その他の相手方が法律行為をするかどうかを合理的に判断することができない事情があることを利用して、著しく過大な利益を得、又は相手方に著しく過大な不利益を与える法律行為は、無効とするものとする。」
弁護士会などはこの現代型暴利行為の制限の規定を明文化することに積極的でしたが、未だ形成途上の法理であり、現時点で明文化することは適当ではないとの意見が法制審議会では有力となり、結局、2014(平成26)年8月5日に開催された第95回会議において、明文化は断念されました。現代的暴利行為論は未だ生成途中であり、この時点で明文化することは返って、この法理の発展を妨げることになるという指摘です。
しかし、この結論は、平成民法が従属状態にあったり、抑圧状態にある状態で行われる現代型の暴利行為を許容する趣旨ではありません。あくまで、公序良俗違反の法律行為は無効とするという原則に照らして、これらの行為を無効にすればよいという意見が、現代型暴利行為論の明文化の断念にあたって強調されました。
したがって、明文規定こそ置かれなかったものの、新しい平成民法においては、民法90条の解釈を通じて、この現代的暴利行為論は定着していると理解すべきです。